ヨット教室物語・第28話

「行こうと思えば、どこでもいくらでも行け

るさって話なだけだよ」

隆は、船内のソファに腰掛けながら、麻美子

に答えた。

「なんだ、そういうことね」

「今週は、船内で寛いだだけだけど、来週は

ヨットを海に出してセーリングしよう!」

「この寒い中、海に出る気なの?」

「もちろん!ヨットは、むしろ冬の方が風が

あって良い季節なんだよ」

隆は、麻美子に答えた。

ヨット教室物語・第29話

「1人じゃないよね?誰かヨットのお友達と

出るんでしょう?」

「今のところは、麻美子と2人だけかな」

「私は寒いから出ないわよ」

翌週

「うわ、寒いっ」

佐藤麻美子は、海に出航した隆のヨットの上

でジャケットの前を止めながら呟いた。

麻美子は、本当は寒いし冬のいまの季節は、

ヨットに乗るつもりはなかったのだが、隆に

誘われて、ヨットに乗っていた。

ヨット教室物語・第30話

麻美子は、ヨットに乗るつもりはなかったの

だが、隆が進水したばかりの新しいヨットに

1人で乗るというので、何かあったら心配な

ので一緒に乗ることにしたのだった。

「まだ進水したばかりでクルーもいないし、

来週はシングルで乗るよ」

シングルというのは、ヨットの専門用語では

シングルハンドの略で、1人の手、たった1

人でヨットに乗るという意味だ。

「え、1人で乗る気なの」

麻美子は、隆に聞いた。

ヨット教室物語・第31話

「それはさすがに心配だから、私も一緒に乗

りに行くわよ」

麻美子は、隆に伝えて、いま寒い海の上のヨ

ットにいることを少し後悔していた。

「さあ、セイルを上げよう」

隆は、マストの根元に移動すると、ロープを

引っ張ってセイルを上げていた。

セイルは全部で3種類あって、船体の前方か

ら順番にジブ、メイン、ミズンという名称の

セイルが付いていた。隆は、それらのセイル

を順番に上げようとしていた。

ヨット教室物語・第32話

隆がそれぞれのセイルを上げるため、セイル

に付いているロープを引っ張ったり出したり

して調整すると、セイルが上がり風を受けて

ヨットは走り出した。

「うわ、ヨットが走ってる」

「エンジンでなく風だけで走ってるんだぞ」

生まれて初めてヨットに乗る麻美子には、セ

イルをどう出したり引っ張ったりすれば、ヨ

ットが走り出すのか全くわからなかった。

ただ、隆がセイルを操作しているのを黙って

眺めているしかなかった。

ヨット教室物語・第33話

「隆、キャビンの中に入っても良いかな」

ヨットが海に出航してからずっと船上のデッ

キにいた麻美子だが、さすがに海の寒さに耐

えきれなくなってきた。

隆に言ってキャビンの中に逃げこんだ。

「船内には、暖房も付いているんだよ」

一緒にキャビンの中に入って来た隆は、操舵

室の計器板にあるスイッチを入れると、自分

はまたキャビンの外に出て、セイルの操作に

戻っていた。

「なんか部屋が暖かくなってきた」

ヨット教室物語・第34話

隆がエアコンのスイッチを入れてくれたらし

く、しばらくするとキャビンの中はポカポカ

と暖かくなってきた。

「ありがとう、隆」

麻美子がキャビンの中にあるソファに腰掛け

て暖まっていると、ヨットは金沢沖の漁港に

入港して、そこの岸壁にロープで舫われた。

隆のヨットが岸壁に舫われ停泊すると、隆の

ヨットと同じ横浜のマリーナに停泊している

ヨットがやって来て、隆のヨットの横に横付

けで停泊した。

ヨット教室物語・第35話

「お腹空いたよね、お昼ごはんにするよ」

船内に入って来た隆が、麻美子に言った。

「今日のお昼は、生野菜とパスタがあるから

サラダとスパゲッティにしようか」

ヨットのキッチンにある食料庫から野菜とパ

スタを取り出している隆の姿をみて、隆が料

理してくれるごはんなんて初めて食べるから

ちょっと楽しみだなと麻美子は期待していた

が、しばらくパスタのパッケージに書いてあ

る説明文を読んでいた隆は、諦めたようにキ

ャビンの外に出て行ってしまった。

ヨット教室物語・第36話

「結局、私が作らないとだめか」

麻美子は、隆がいなくなったキッチンの中に

入ると、お鍋にお湯を沸かして、パスタを茹

でる準備を始めた。

パスタを茹でている間に、隆が出してくれた

生野菜を切り刻んでサラダを作った。

「あ、麻美子が作ってくれていたんだ」

キャビンの外から戻って来た隆は、料理して

いた麻美子に声をかけた。

「私が作るしかないじゃないの」

麻美子は、隆の頭を小突いた。

ヨット教室物語・第37話

隆の後ろからキャビンの中に入って来たのは

隆のヨットの真横に横付けした同じ横浜のマ

リーナに保管しているヨットのオーナーとク

ルーたちだった。

「フェリックスの市毛さん」

隆は、隣に横付けしたヨットのオーナー、市

毛さんのことを麻美子に紹介した。

「何か飲みますか?」

そして、隆はキッチンの冷蔵庫から缶ビール

を取り出すと、リビングのソファに腰掛けて

いる市毛さんたちに手渡した。

ヨット教室物語・第38話

「サラダの前に、何かビールのつまみになる

ようなものを作ってくれるかな」

隆は、麻美子に命じた。

麻美子は、船長の隆に言われて、既に作り始

めていたサラダを中断して、冷蔵庫の中から

つまみになりそうなものを作って、お皿に盛

り付けてテーブルに出した。

「うちのクルーの麻美子です」

麻美子が、リビングにいる市毛さんたちに

おつまみの盛り付けられたお皿を持って行く

と、隆が麻美子のことを紹介した。

ヨット教室物語・第39話

隆が麻美子のことを市毛さんたちに紹介して

くれていた。

「いつも隆がお世話になっています。隆のこ

とをこれからもよろしくお願いします」

いつの間にか、麻美子は隆のヨットのクルー

にされてしまっていた。

ヨットのクルーとは、そのヨットのオーナー

と一緒に乗っている仲間、船員のことだ。

「クルーってそういう意味だったの」

麻美子は、フェリックスの人たちが帰った後

に、隆からクルーの意味を教わった。

ヨット教室物語・第40話

「私、別にクルーではないんだけど」

「もうクルーみたいなものじゃん。俺と一緒

にうちのヨットに乗っているんだから」

それから、寒い冬の間ずっと毎週のように麻

美子は、隆のヨットに乗っていた。

「あんたも一緒に乗ってあげなさいよ」

麻美子は、母から隆が1人で海にヨットを出

していて何かあったらいけないから一緒に乗

りなさいとも言われていたのだった。

そんなわけで、この冬は寒い中、毎週のよう

に横浜のマリーナに通うこととなった。

ヨット教室物語・第41話

「おはよー、麻美ちゃん」

冬の間ずっと毎週のように、横浜のマリーナ

に通っていると、フェリックスの市毛さん以

外にも、横浜のマリーナにヨットを停泊して

いる他のオーナーさんたちともすっかり顔見

知りになってしまっていた。

麻美子は、街中で皆がよく着ている一般的な

コートを着て、冬の海のヨットに乗っていた

「そのコートじゃ寒いだろう。今度、俺が暖

かいコートを買ってやるよ」

「これって7万円もするよ!」

ヨット教室物語・第42話

麻美子が、街中で皆がよく着ている一般的な

コートで、冬の海のヨットに乗っていると、

それでは寒いだろうと隆が、自分のお金でヨ

ット専門の風を通さない暖かいオイルスキン

を購入してくれることになった。

「これって7万円もするよ!」

中目黒のマリンショップへ買いに行った時、

隆が購入してくれようとしていた暖かいオイ

ルスキンに付いていた値札を確認して、麻美

子は驚いていた。

「どうせならしっかりしたものが良いよ」

ヨット教室物語・第43話

「こんなに高くないの?」

「いいよいいよ、俺といつも一緒に乗ってく

れているし。麻美子が毎週寒そうに乗ってい

るから暖かく乗ってほしいし」

「隆は、社長さんでお金持ちだものね」

麻美子は、隆の頭を小突きながら、笑顔で笑

った。たまには、隆に甘えて、このぐらいの

もの買ってもらっても良いか。

その7万円もする暖かいオイルスキンを着て

ヨットに乗っていると、寒い冬の海の上でも

暖かく過ごせて快適になった。

ヨット教室物語・第44話

横浜マリーナの中を、ヨット専門の暖かいオ

イルスキンを着て歩き回っていると、格好だ

けは一人前のヨットウーマンに見えている麻

美子ではあった。

そして、半年があっという間に過ぎて、季節

は春を迎えて、せっかく初めて隆に買っても

らったヨット用のオイルスキンも着ていると

暑すぎる季節になってきた。

「そろそろ、うちのヨットにも麻美子以外の

クルーも来るようになるから、そしたら、麻

美子も先輩クルーだね」

ヨット教室物語・第45話

「麻美子も先輩になるのか」

「先輩クルーって、私、ヨットのことは全然

わからないんだけど」

麻美子は、隆に答えた。

「でも、メインセイルもジブセイルも上げら

れるようになっただろう」

「他に乗ってくれる仲間が増えたら、私はも

うヨットに乗りに来なくても平気よね」

「なんで?」

「なんでって、私が一緒に乗らなくても、隆

は彼らと一緒に乗れば良いでしょう」

ヨット教室物語・第46話

「来週から今年のヨット教室が始まるね」

お昼、隆が自分のヨットを貯木場に入れると

先に泊まっていたフェリックスのヨットのオ

ーナー、市毛さんが隆に話しかけてきた。

貯木場というのは、港内の海外から輸入した

木材などを海上に保管しておく場所のことで

そこの海上には、たくさんの木材が浮かべら

れていた。というのが、本来の貯木場の姿な

のであろうが、ここ横浜の貯木場は、貯木場

跡地みたいなところで海上には流木がちょっ

ことしか浮かんでいなかった。

ヨット教室物語・第47話

横浜の金沢港沖の貯木場には、木材は浮かん

でいないが、その代わりに昔、横浜で開催さ

れた万博、横浜博覧会の時に使用されていた

六角形のステージ型プールが舫われていた。

博覧会では、プールの中でイルカが飛び跳ね

ていて、博覧会の入場者たちに芸を見せて楽

しませていた場所だった。

「そうですね、来週はヨット教室ですね」

「もう春だものね」

博覧会で使い終わったプールは、役目を終え

て貯木場跡地で静かに舫われていた。

ヨット教室物語・第48話

隆たち、横浜マリーナに停泊しているヨット

たちは、お昼の時間になると、そこへやって

来て、もう使われていないプール脇にヨット

を舫うと、そこの台座でお昼ごはんを料理し

皆で食事を楽しんでいた。

このプールが意外に頑丈でしっかりしている

ため、皆でヨットを止めて上陸して楽しむの

には、ぴったりの施設だった。

現在、横浜の貯木場は横浜ベイサイドマリー

ナとして生まれ変わって、イルカのプールは

その沖にオブジェとして舫われていた。

ヨット教室物語・第49話

「隆くんのところは、ヨット教室の生徒さん

何人か取るつもりなの?」

「一応、そのつもりです」

隆は、市毛さんに答えた。

隆がヨットを停泊している横浜の公営マリー

ナでは、毎年春に「クルージングヨット教室

」と称して、横浜市民の中からヨットを習い

たいという大人たちを募って、春から秋まで

半年間のヨット教室を開催していた。

生徒たちは、マリーナに保管しているヨット

に乗船して、ヨットを学ぶのだった。

ヨット教室物語・第50話

横浜マリーナのクルージングヨット教室の生

徒募集は毎年、神奈川県や横浜市の広報誌に

て公募されている。

応募してきた生徒たちは、スクール初日だけ

マリーナのクラブハウスで座学、基本的なヨ

ットの乗り方について職員から学んだあと、

隆たちマリーナにヨットを停泊しているヨッ

トで生徒の受け入れを希望しているヨットに

それぞれ振り分けられて次の週からは各艇の

オーナーさんたちの元でヨットに乗艇し、半

年間ヨットの乗り方を学ぶのであった。

中古車輸出・第4話

今井ゆみが就職した横浜の貿易会社には、輸

出部門と育成部門の2部門があった。

今井ゆみが配属となったのは、輸出部門で日

本の自動車を海外のバイヤーへ実際に輸出し

ている部署だった。

一方、育成部門の方は、今井ゆみが配属とな

った輸出部門で実際に行なっている「中古車

輸出業」という職業を応募してきた受講者た

ちに教えている部署だった。

会社が成長していくための輸出部門と将来の

中古車輸出業者を育てる育成部門だ。

中古車輸出・第5話

輸出部門には、日本人の部長1名に海外バイ

ヤー達と商談して車の注文を受ける営業とし

て外国人スタッフが5名、そこへ今井ゆみが

専任のウェブデザイナーとして1名加わった

形だった。

育成部門には、特に部長は在籍しておらず、

3名の日本人スタッフがウェブデザイナーと

して在籍していた。3名全てがウェブデザイ

ナーなのは、中古車輸出業者の育成方法がオ

ンラインによる通信教育を採用しているから

だった。

中古車輸出・第6話

あとは、社長と経理を担当している社長の奥

さんというのが、今井ゆみが就職した横浜の

貿易会社の総メンツだった。

今井ゆみは、輸出部門に配属して、会社に海

外バイヤー向けのホームページを制作し運用

していた。会社のホームページへのアクセス

中古車輸出・第7話

あとは、社長と経理を担当している社長の奥

さんというのが、今井ゆみが就職した横浜の

貿易会社スタッフ全てだった。

「シャラン、オファー届いているよ」

今井ゆみは、輸出部門に配属して、会社の海

外バイヤー向けホームページを制作し運用し

ていた。会社のホームページへのアクセスを

増やして、海外バイヤーからのオファーを増

やし、営業スタッフ達が車の注文をより多く

取れるようにしてあげるのが、彼女の仕事、

ミッションであった。

ヨット教室物語・第51話

「隆くんのところは、ヨット教室の生徒さん

を取るの初めてじゃないの」

「はい、まだラッコ自体が1月に進水したば

かりのヨットですしね」

隆と市毛さんは、ラッコのキャビンの中でお

酒を飲みながら話していた。

隆のヨット、フィンランド製のナウティキャ

ット33という33フィートのモーターセー

ラー、セーリングクルーザーは、船名をラッ

コといった。

「初の生徒さんか」

ヨット教室物語・第52話

「大学の時、夏休みで一緒に行ったサンフラ

ンシスコ、モントレーの海で見たラッコから

つけたの?」

麻美子は、隆に聞いた。

「まあ、それもあるけど」

ラッコのように海の上でのんびりプカプカ浮

かんでいたいという隆の思いから船名を「ラ

ッコ」にしたのだと説明した。

「先週、隆が言っていた新しいクルーが来る

っていうのは、来週のヨット教室の生徒さん

のことだったの?」

ヨット教室物語・第53話

「そうだね。いよいよ、麻美子も先輩クルー

になる日が来たんだね」

「先輩クルーって・・」

隆は、新しくヨット教室の生徒さんが来た後

も、麻美子が一緒にヨットへ乗り続けると未

だに思い続けているみたいだった。

「麻美子が生徒達に教えてやってくれよ」

だが、麻美子自身は、新しいクルーが来て、

隆と一緒に毎週ヨットに乗ってくれるように

なったら、自分はもうヨットに乗るのはやめ

ようと考えていた。